第2節 人の性質(242) 1.人の性質は、ちょうど入口のわからない藪[やぶ]のように、わかりにくい。これに比べると、獣の性質はかえってわかりやすい。このわかりにくい性質の人を区分して、次の四種類とする。 一つには、自ら苦しむ人で、間違った教えを受けて苦行する。 二つには、他人を苦しめる人で、殺したり盗んだり、そのほかさまざまなむごい仕業[しわざ]をする。 三つには、自ら苦しむとともに他人をも苦しめる人である。 四つには、自らも苦しまず、また他人をも苦しめない人で、欲を離れて安らかに生き、仏の教えを守って、殺すことなく盗むことなく、清らかな行いをする人である。 2.またこの世には三種の人がある。岩に刻んだ文字のような人と、砂に書いた文字のような人と、水に書いた文字のような人である。 岩に刻んだ文字のような人とは、しばしば腹を立てて、その怒りを長く続け、怒りが、刻みこんだ文字のように消えることのない人をいう。 砂に書いた文字のような人とは、しばしば腹を立てるが、その怒りが、砂に書いた文字のように、速やかに消え去る人を指す。 水に書いた文字のような人とは、水の上に文字を書いても、流れて形にならないように、他人の悪口や不快なことばを聞いても、少しも心に跡を留[と]めることもなく、温和な気の満ちている人のことをいう。 また、ほかにも三種類の人がある。第一の人は、その性質がわかりやすく、心高ぶり、かるはずみであって、常に落ち着きのない人である。第二の人は、その性質がわかりにくく、静かにへりくだって、ものごとに注意深く、欲を忍ぶ人である。第三の人は、その性質がまったくわかりにくく、自分の煩悩[ぼんのう]を滅ぼし尽くした人のことである。 このように、さまぎまに人を区別することができるが、その実、人の性質は容易に知ることはできない。ただ、仏だけがこれらの性質を知りぬいて、さまざまに教えを示す。 |
当ページの典拠→ 1.パーリ、中部51、カンダラカ経 2.パーリ、増支部3-130経24 2.パーリ、増支部3-113 |